8月5日(1962年)

1962.8.5

山崎省三様 
 御手紙有難うございました。大変御無沙汰いたしてしまい申訳ございませんでした。
 今年の夏は、昨年にくらべれば涼しいとは言ふものゝ、やはり多分に気力をそう失します。夏のニューヨークはカラッポ。外國から(ヨーロッパ等)来ている作家は、それぞれ國へ歸る人が多く、その他の人達もバケーションで郊外の別荘やらメキシコやらへと出かけます。われわれ貧乏えかきだけが暑いニューヨークで、ボソボソと制作していると言ふ事になります。そして、逆に地方から観光客がニューヨークへとやって来ます。
 ギャラリーは、全部しめてしまいますし、ミユジアムでもコレクションの展示と言ふていどで、六、七、八月のニューヨークは、ほとんど見るべき物がありません。近い内に、マーク トビーの展覧会があるのではないかと思いますので、その時に、通信をお送りします。こちらのピカソ展等も取りましたが、ちょっと御送りするのがおくれてしまい、瀬木さんも書いてらっしゃるので、そのまゝになってしまいました(ギャラリーのと並行してモダンアート ミユジアムでもピカソのコレクションを展示しています)。九ツのギャラリーでやったピカソ展は、アメリカによくこれだけのピカソがあるものだと言ふ点で大変おどろきました(モダンアート ミユジアム、メトロポリタン ミユジアム等のコレクションは、そのまゝミユジアムにあるわけですから)。作品は玉石混淆で うり絵だろうなと思われる小品等も多く、別なピカソの人間が感じられると言ふ意味で、大変面白い展覧会でした。マジソンアベニューが ピカソのカタログを持ってギャラリーからギャラリーへと歩くオバーサンでいっぱい?(チョット大げさですが) 実にアメリカ的でした。
 こちらの美術界の動きで(たとえば小野さんが日本でやったような)ハプニングとかイベント等、良い意味でも無い意味でも興味がある物がありますが、通信欄の原稿としては、あまりに個人的な出来事のような気もしますし、・・・ その内面白いのがありましたら御連絡します。個展等新人で僕が面白いなと思ふのはありますが、あまりに、僕個人の主觀が強くなってしまふようでちょっと、ちゅうちょします。
 先日の御手紙で制作状況の原稿の件、大変にうれしく思っております。僕の名前ででしたら主観的な事も書けるし と思いますが、絵に關する事、書こうと思ふと、どうもコワクなって来ます。一年そこいらでは 本当の事は良くわからないし、月日が立って見ると、意外な思い違いがあったり。一ヶ月ぐらいの旅行者で、旅行記かなにかなら気楽に書けるのでしょうが・・・ アメリカと言ふ國が持っている 日本との違いと言ふ事に、絵の世界をもふくめて何か書けないかなと思っています。あまり早くは書けないかも知れませんが、出来たら御送りいたします故、もし良ろしかったら記載いただければ幸です。
 それから、川端さん 今年の秋に歸國されるの御存じですか? 又二年後にこちらへ来られるとの事で、作品等もこちらへおいて行かれます。奥様は八月の末頃。川端さんはヨーロッパを廻って、秋に歸られるそうです。ベティー パーソンの方は 来年の三月に個展を開きます(川端さんは不在ですが作品もそろっているし 予定通りに個展を開くそうです)。
 レコードの件 お急ぎの所、二三日遅れてしまい申訳ありませんでした。聞く所 みなブタペスト盤ばかりで「これも良いぞ」と言って出して来るので、後はレコード番号でさがしました。所が 一三一のジュリアード盤は、LM-2626。LM-2026は、ドンキホーテのトスカニーニ盤か何かで、違ふレコードをさがしていたわけ。レコードハンターと言ふ大きなレコード屋があり、そこでは、まづ見つからない事はないのに、たまたま、まちがえていた番号のレコードが無かったゝめに、時間をとってしまいました。こちらの一般のレコード屋は、ポピュラー、ジャズ等が多いためか、枚数はすごくあるわりに、たとえばベートーベンの後期の物等は品薄です。たゞし、三四軒大きなレコード屋があり、そこの品の豊富な事、驚くばかりです。日本のレコード会社で出してもおよそ採算のとれないような曲が、いくらでもプレスされています。日本のコロンビヤで アントン・ウェーベルンの全集を出すのにあんなに長いあいだちゅうちょしていて やっと芸術祭参加作品かで出した事を思いだすと、アメリカは金のある國だなとつくづく思います。
 レコードは、御希望のがありましたらいつでも御連絡下されば御送りいたします。レコードを買ふのは大好きですから、・・・
 では又 御手紙いたします。暑さの折の体を御大切に 敬具

手紙, 8月5日(1962年), 1962.8.5手紙, 8月5日(1962年), 1962.8.5
Tatsuo Kondo CV
Digital Archive