八月二十三日
1970.8.23
山崎省三様
ごぶさたいたしました。この夏は、急に思いたってメキシコへ行って来ました。ちょうど利根山さんがニューヨークへ滞在しておられるので 利根山さん、河原温さん、石川勇さんなど、メキシコ通の人達から、いろいろのサジェッションをもらって少々頭でっかちになり、まるで修学旅行のようなスケジュールになってしまいました。出発するまでは、温さんの「スケジュールなど作ってもむだだよ」と言ふ事の実感がありませんでしたが、まずメキシコ行のAeronaves De Mexicoの飛行機が大幅に遅れたのを皮切りに、時間の不正確さ、人が平気で勝手な嘘を言ふ事、などはあたりまえの事。張切って朝早く起きて見ても、まるで事がスムーズに運ばず、結局は、なんにもせずに晝一になってしまふと言った日が多く、「スケジュール」などはまったく役に立ちませんでした。一緒に行った友人も、女房も、四日目頃から高熱と下痢にやられ、僕だけは、終戰前後の東京で、食えそうもないもの食って、育った強味か、一人けろりとしていましたが まわりが皆病気になると、美しいたゝずまいの古い小さな町も、一変して見えて来ます。市場に群がるはえの大群はすさまじく、パンの入ったガラスケースの内側を、ありの大群のようにかけのぼるハエは、ちょっと信じられないほどの量でした。しかし、よく考へて見れば、戰前戰中の日本もこんなもんだったのかなと思いおこされます。戰後に日本へ進駐した米軍がどんな目で日本を見、どんな気持ちでD-D-Tをまきちらしたか、と言ったような事もふと考へました。美しいタスコの町で病気になった連中には、利根山さんの本にある、古い石畳、犬の声、朝をつげる鶏の鳴声、と言った詩的なことごとが、地獄の声のように聞えたらしく、夜中じゅう、時間ごとに鳴渡るサンタプリスカ寺院の鐘の音には我慢が出来なかったそうで、九度以上の熱とひどい下痢をおして、翌日アカプルコまでドライブしました。僕はタスコの町でもっとゆっくりしたかったのですが 彼らにとっては、まさに地獄から必死に逃出したと言ったところだったようです。メキシコシティーの文化と非文化の混沌としている様も桁外れで、この大都市が、とにもかくにも、成立っているのが不思議に思えるほどでした。一緒に行った友人は、どうにも収拾がつかない交通事情にいらだって、なんてメキシコは! とおもわず言っていましたが、「合理」を軸としての考へから「なんて」と思い、そして、もし、又、それを自分が解決してやろうと言ふような考へをもったとすると、それがちょうど アメリカがベトナムの泥沼へ介入したのと同じ意味になるのでしょう。異民族の不可解さは、合理を軸とした表面的な観察では、まったく理解出来ないものなのでしょう。
ユカタン半島のChichén ItzáやUxmalも素晴らしく、ピラミッドとともに呪いのようなレリーフと四十度を越す暑さに目がくらみましたが、メキシコの文化はやはり僕にはあまりに異質であり、なにかうなされているような感じで、利根山さんのように、そのものにのめりこむことは、とても出来ませんでした。僕が一生懸命遺跡を廻って歩くのが、内のやつには大変な苦痛だったらしく、しまいには、地獄めぐりだと言いだしました。
グッゲンハイムのジャパン アート フェスティバルは三点入選と言ふ事になりました。その後、フライに会っていませんので、どんな人が選ばれて、どんな展覧会になるのか、皆目わかりませんが、総花的なものでなく、彼なりの主張の通った展覧会になってくれゝば良いがと思っております。それにしても美術手帖の六月号に書いてあった嘉門さんの文には皆んなだいぶ困りました。〆切間際の事ですし、あれをよんで やはり在米作家は対象としないのかと、応募を取やめた人がニューヨークにも、かなりいるはずです。
三十五ミリですが、テオニカカンの太陽、月のピラミッド、ウスマル、チィチィエンイツア、などの写眞とりましたので、もし必要な事がありましたら、いつでもお送りいたします。
では又、お手紙いたします。
八月二十三日
近藤竜男
原稿大変遅くなって申訳ありません、時間がなかった上に今月はまるで面白い展覧会がありません。
ホイットニー ミユジアムにおける The Architectural Vision of Paolo Soleri はなかなか面白いのですが 良く理解出来ないところがありました。(会場でゆっくり讀んでいる時間がありませんでした)この The Architectural Vision of Paolo Soleri のぶんは、僕が書いても間違えを書くのではないかと思いますので プリントと写眞を同封いたしますので建築にくわしい人にお願いいたしたく思います。近代美術館ではアキペンコの回顧展の他にインフォメーション展(先月お送りしました)と、プリントの展覧会をやっております、Pop Art Prints, Drawings, and MultiplesとPopular Mechanics in Printmaking
後者には、ギューチャンの考 するデュシャンだったか? の青写眞の作品が出ていました。どちらも小さな展覧会で、原稿になるほどのものでないと思いますが、ポップアートの方だけ写眞をとっておきましたので 一応写眞と、カレンダーの切ぬきを同封いたします。写眞は現像を失敗しましたので、きづが多すぎて、使えません。