4月20日(1963年)
1963.3.14
山崎省三様
4月20日(1963年)
御手紙有難うございました。すっかり御無沙汰いたしてしまい申訳ありません。ひかく的静かだったニューヨークも、ポップアート、旋風でこゝのところ、なかなかにぎやかですし、日本橋ギャラリーも、マジソン アベニューにオープンし、気焰を上げています。
ローシェンバーグの初期から、現在までの作品を展示した展覧会がジューシ ミユジアムで開かれ、反響を呼びましたが、写眞が取れづお送り出来ませんでした。日本橋ギャラリーに関しては、おそらく、ギャラリーより、そちらへとゞいている事と思い御送りしませんでしたが、オープニングはなかなかの盛況でした。山口長男さんの仕事は、あの道でづっと仕事を續けた人だけあって 一応貫禄はありますが、こちらで見た場合は ハードエッヂのグループの範ちゅうに入ってしまふ仕事で、日本で見るほど独自性は感じられません。アメリカ人の友人などは、ハードエッヂの一作家と言ふ程度にしか感じなかったようです。
ポップアートは今、日本でも大変話題になっているようですが、ニューヨークでは、こゝ一二年ぐらい前から、グリーン ギャラリーと言ふポップアート専門と言っても良いギャラリーの出来た頃と時を同じくして、レオ キャステリー、マーサー ジャクソン、ステーブル ステファン、等のギャラリーから、かなり具体的な動きとなって、ポップアートの作家の個展が開かれ始めました。それが ジャニス ギャラリーの「ニュー リアリスト展」でにわかに大きな、パワーを持つようになり、その後の”6 Artists and the Object”等により、ニューヨークの、中心的動きの一つとしてその姿を、持ち始めたわけです。しかし、ポップアートはニュー リアリスムと言われる、ヨーロッパ系の作家を中心とする動きとは本質的にかなり違うようです。ニュー リアリズムが良い意味でも悪い意味でも何んらかの造形性を持っているのに対して、ポップアートはもっとバカバカしいナンセンスの要素を多く持っているように思います。その点では興味が有ります。日本のアンパン(見ていませんが)の作品はおそらくポップアートよりは、ニュー リアリズムの動きに近いものが大部分ではないかと思います。ポップアートの場合、出来上った物自体よりは、作品を作って提出する、と言ふ行為の方により意味があるようにも思います。(全部の作家には、あてはまりませんが) 一方、大切な事は、ポップアートが非常に良く賣れると言ふ事、これは、アメリカと言ふ巨大な消費國家と何か深い関係がありそうです。その意味で、ポップアートを純粋な芸術運動としてのみ、とらえると言ふ事に僕は反対です。なにか、そこに、+αの仕掛が有るように思います。ジャニス ギャラリーのニュー リアリスト展は芸術運動と言ふよりは、確実に賣れるからこそやった、と言った方がむしろ、的確なような気がします。
かつて、まだニューヨーク美術界が出来上る途上にあった頃。ポロックやゴーギー。デクーニング ロスコー クライン等、そして、ジャスパー ジョーンズ、ローシェンバーグが出て来た当時のニューヨーク美術界の背景と、現在におけるそれとは、非常に違っていると思います。
それにしても、ポップアート ブームと言ったところで、実際には、そのしめる数はそれほどでも無く、主だったギャラリーの、おそらく、二割ぐらい? 後は、ハードエッヂ、抽象表現主義 等の作家がいぜん大きな力を持っています。
アンパンや、日本の画廊のようにネオダゞ、と言えばあれほど無数のネオダゞ作家が出現すると言ふ事は、まったく不思議な事です。一方、ハードエッヂの動きと言ふのは、日本にはほとんど無かったように思います。アメリカでは、これほど大きな動きの一つなのに。
僕は、このごろ、時々思ふのですが、日本はギャラリー、ミユジアム、あるいは作家自体をも含めての力が弱いと言ふ事から、批評家の力が不必要に大きくなっていると言ふ事。東京での、こゝ七八年ばかりの動きを、今、色々、思い出して考へて見ると、批評家の自分の立場のためによる主張に日本美術界中がふりまわされているように思います。現代作家の作品が賣れないため、ギャラリー自体もブレーキをかけられないし。
現在の、批評家の デビュー当時から現在にいたる彼らのありかたの上に たとえば、ハードエッヂと言ふ動きはひっかゝって来ないわけです。彼らの立場のがわから見れば不必要なものは紹介されないと言ふ事にもなりかねないと思います。その逆に彼らの立場に関する動きに対しては 必要以上に強調される危険もあるわけです。
こんな例を出してどうかとも思いますが 東野さんが芸新に書いた「ニュー リアリズム」でも、50P-60Pの「絵画のための絵画はたしかに終った・・・いわゆる”ネオダゞイズム以後”が抽象表現主義にかわる公道になったのである」と言ふような表現は、大変危険なようにも思われます。と言って彼が悪いと言ふのでは無く、むしろ、彼らの立場でそのくらいの発言はあってしかるべきですが、それを、はたして、客観的に割引いて解釈する人が日本にどのくらいいるかと言ふ事。もっと、全々別な立場から、発言する別なタイプの批評家 あるいわ何んらかの力がもう少し無くてはちょっと具合が悪いように思います。どうもちょっと余計な事を書きすぎたようですが・・・ 実はポップアートを中心に原稿を書こうと思い 一応書いて見たのですが、どうも自信を持って言える事となると、まるで無く、あいまいな事ばかり。ちょっと、発行部数の多い芸新にはとても送る勇気が出ません。サトウ画廊で前から原稿をたのまれていたので短かくちゞめて、そちらへ送りますので もしサトウ月報に出ましたら、見て下さい。
後一ヶ月もすると、春のシーズンも終りますので そしたら、記載していたゞけるかどうかは別として、何か、書いて見ようと思います。川端さんの個展—國際作家としてのありかたについて、たとえば日本とアメリカと言ふ まるで生活空間の違う國での発表と言ふ事、又発表以前の問題等。岡田さんに対する日本での評価についても かならづしも、ジャポネブームに・・・と言ふように言い切ってしまって良いかしらとも、こちらへ来てみて考へます。日本人の目から見れば大変イージーな仕事かも知れませんが アメリカで岡田が現れた時は、たしかに彼らには未知なものであり、誰にも無い新しさを感じたに違いありません。われわれが始めてアクション ペインティングに接して「新しさ」を感じた事の裏がえしです。
戦後、何百人の絵家がアメリカの土を踏んだか知りませんが本当の意味で、作家として、一本立ちしている日本人画家と言えば、岡田さんだけでしょう。ここには、大変不満も感じますし、又、もう少し、考へなければならない問題もあります。少なくともわれわれが思っているほど 彼らは(アメリカ人)日本についても東京についても知りはしません。ほとんどの人がいまだに墨でさっと、かすれた線をにじませれば、ワンダフル!!と言ふと思ってさしつかえありません。
川端さんにしてもそう言ふ谷間にはさまって、苦しいところだろうと思います。それらの問題は、ちょくせつ僕の考へなければならない問題でもあります。
レコードに關する件、今日さっそく、8枚御送りいたしました。輸入税が掛かるといけないので中古レコードとしておきましたが。
Poulenc Concert 2.79
Debussy Suite 2.29
Debussy Prelude 2.29
= エンヂェルレコード 7.59
Cherubini Symphony 3.85
Cherubini Requiem 3.85
Boyce Overture 3.85
Beethoven Sonata No.9 3.85
Schubert Trio op 100 4.85
= 20.25
税 27.84+1.00=28.84
送料 2.30=31.14
となります。ニューヨークの一二件のレコード屋で時々、ディスカウントをします。ちょうど エンヂェルのレコードが安く入りましたので、上三枚は、スペシャル プライスです。ショパンのエチュードはその店でみつかりませんでした。後の五枚は、まづ安く入手出来るみこみの無いレコードです。残りの、コロンビアは、あるいは安く買えるかもわかりませんので、この次の便で御送りいたします。
レコードを見るのは大変好きで金の無い時でも見ているぐらいですから、御遠慮なく、いつでも言って下されば、御送りいたします。
又、送金の件につきましては、東京の私宅へ送っていたゞいて結構です。実は 東京を出る時借りて来た分を、いづれ、東京へ送らなければなりません。ドルを東京へ送るよりは、円を、私宅へ送っていたゞき、こちらから、物でお送りした方が、何んらかの形ちで御役にもたてますし、その方が有効ですから、御心配いりません。レコード以外、たとえば本とか、ピックアップのカートリッヂだとか・・・もし、必要なものがありましたら、少々高価なものでも結構ですからお傳へ下さい。御送りいたします。
なお、先日 山崎さんよりのレコードの分の御送金、少々、多いようでしたが、そのような御心配はいりませんから。——
シューベルトのOp.100、コロンビアの廃盤は見つけるのが不可能ですが、エンヂェルから、グレイト レコーディング オブ センチュリーとして、出ている盤がありますので 同じ物だと思い買いましたが、・・・或いは、コロンビアのより、古い吹込かもしれないと、心配です、まちがっていたら、御許し下さいませ。
モーツァルトのレクイエムは やはりみつかりませんが、ロンドンのリッチモンド レコードから(Rich 19077 Krips Vienna Hofmusikkapelle)があります。リッチモンド盤はロンドンの廃盤の、再プレスが多いので、同じものでは無いかとも思いますが 御返事下さい。シューベルトのグランド ファンタジアはみつかりません。廃盤は、デッカとエピックの盤は、時々、みつかりますが、その他はちょっと無理のようです。
では又、御手紙いたします。末筆ながら、斉藤様によろしくお傳へ下さいませ。敬具